吉田松陰の松下村塾から徒歩数分のところに伊藤博文旧宅と別邸があります。
旧宅は木造萱葺き平屋建て、29坪の小さなもので、萩藩の中間伊藤直右衛門の居宅でしたが、安政元年(1854)に博文14歳のとき、父林十蔵が直右衛門の養子となり、一家をあげて伊藤家に入家し、居住したそうです。
旧宅の隣にある別邸は、博文が晩年のとき、明治40年(1907)に東京大井町に建てられたものを萩に移築したそうです。
日本が欧米列強の植民地化の危機にあった幕末期、 国禁を破って命がけで英国へ渡った長州出身の5人の若者の一人が伊藤博文。
ほか4人、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、野村弥吉(井上勝)と合わせ『長州ファイブ』の呼ばれました。
最近でいう『神7』みたいな感じでしょうか?いや絶対違いますね。失礼しました。